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2011・3・11
 
こんばんは。山田です。

長い間更新ができずに申し訳ありません。


そして、今日、この記事をあえて書くことに賛否ご意見があるかと思いますが、どうかご理解いただければと思います。



 昨年、2011年3月11日、我々は普段と変わらず、工場で作業をしておりました。

異変に気付き、ふと手を止め、顔を上げると天井からつりさげられている蛍光灯がゆっくり揺れていました。
 「揺れてる・・・?」
そのゆっくりした、長い間続く揺れに違和感を感じ、ラジオからの地震の一報。



―東北地方で地震が発生した模様―

その震源の遠さに驚きながら、被害のなかった大阪。
いつものように仕事を続け、夕方になるにつれどこからとなく入ってくる
「どうやら大変な事が起こっているらしい」
という、俄かに信じ難い情報。

家に帰り、テレビでやっていたのは首都圏の交通の麻痺と混乱のニュース。




少しづつ明らかになっていく報道。しかしその被害の大きさに信じられないという気持ち。

仙台に住んでる知人に連絡を取ろうか悩んだ挙句、電気やライフラインの寸断された中だと思いしばらく連絡を避け、3日後ようやく更新された彼のブログに一言だけ書かれていた言葉

「とりあえず私たちは元気です。また更新します。」

ようやく安否が確認できたと同時に、数日に分けて少しづつ更新される彼のブログに、その想像を絶するような状況、テレビ越しに見て、信じられない、実感の湧かなかった事が現実に起こっていると気付きました。

後は報道により日々明らかになっていく状況――。



これが、私の見た3・11でした。

今回被災された方々に私が、私たちが何か大した手助けはできないかもしれません。
しかし、もしできる事があるならば、できる事は快く引き受けたいと思うし、このことを忘れない事で、その都度何か気付く事が出来れば。と思います。
 


最後に、月並みな表現になってしまうことをお許しいただきたいのですが、この事をを心から願います。
一日も早く復興する事を願うと同時に、今回犠牲になってしまった方のご冥福を心よりお祈りいたします。


    山田 哲




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